半世紀のあゆみ

朝市から現在の「たかはしの打豆」まで

打豆の手選別 現在の高橋製粉所工場

たかはしの打豆(うちまめ)は、50年前、福井の朝市(昔は福井市田原町に朝市がありました)出したのが始まりです。

 手作りの円錐の紙袋に入れ、一つ一つ上に赤いラベルを貼って、朝市に出していました。  ビニール製品の普及など時代が進むにつれて、紙袋から四角いビニール袋の梱包へ、そして機械による梱包へと現在は形を変えています。

 名称も「特製打豆」⇒「福井の味打豆」⇒「福井の味 たかはしの打豆」へと50年の時代を経て統一されました。

製法〜ひと手間をあえて残しています

打豆の製法については、全く変えていません。
 昔は農家には皆石臼があり、日々の穀物は石臼をつかってひいたり、つぶしたりしていました。食卓にはそうやって各家庭で作られたものが並んでいたものです。
 その石臼での製法を、「たかはしの打豆」はそのまま再現しています。

 また、単に再現するだけでなく、毎日の食事に使いやすいように、長年の工法の改良で、綺麗に形よくつぶれ、それでいてある程度の硬さも持ち合わせるように作っています。

 試しに、普通に家にある大豆をつぶしてみてください。多分、割れてしまうと思います。
 この部分は長年の改良・研究の末、出来上がった製法です。

打豆の手選別 ふるいにかけたあと、さらにひと手間入れます

 作業工程は、機械化できるところは機械化し、大事な部分は手作業のまま残しています。機械化によって効率があがり、雑菌が入る機会も少なくなりましたので、衛生の向上にもなりました。

 ただ、機械化の今も、選別については「手より(手選別)」によるひと手間をあえて加えています。(左上写真)
 傷や豆の状態をチェックするのは、機械だけでは不完全で、細かいチェックは人間の目のほうが正確だからです。
 やっぱり人の手の加えられたものにはかないませんからね。

打豆とともに歩んできた半世紀

ずっと「たかはし」は打豆とともに歩んできたところがありますから、たかはしの打豆は自分にとって、長年手塩にかけて育ててきた大切なわが子のような存在になっています。

 お客さんに「この打豆(うちまめ)、綺麗やねぇ」と言ってもらえたり、使っているよ、美味しいよ、きれいだね、と言う声を聞けたときは、顔が満面嬉しくなってしまいます。
 ずっと打豆のことを考えてきた、単なる打豆屋の自己満足といえばそうなんですけどね。(笑)


橋製粉所代表取締役社長インタビュー

打豆や地粉を扱う老舗の福井の粉屋「橋製粉所」の橋英夫代表取締役社長に、豆や製粉に長年傾けてきた情熱と、福井を愛する想いを語ってもらいました。

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福井の味「たかはしの打豆」

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